東京地方裁判所 平成8年(行ウ)233号 判決
原告
甲野一郎(仮名)(X)
右訴訟代理人弁護士
上田誠吉
同
加納小百合
同
泉澤章
被告
東京都知事(Y) 青島幸男
右指定代理人
小林紀歳
同
江原勲
同
矢野照雄
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 本件手当の受給資格認定要件について
1 本件条例は、「心身に重度の障害を有するため、常時、複雑な介護を必要とする者」に対し、本件手当を支給することを目的とし(本件条例一条)、本件手当の受給資格(支給要件)として、「本件条例別表に定める程度の重度の障害を有するもの」であることを挙げ(本件条例二条一項)、本件手当の受給資格の認定を受けようとする者に対して、「本件条例別表に定める程度の重度の障害の状態にあるか否か」について、福祉センターの長の判定を受けることを義務付けている(本件条例五条一項)ところ、各規定に照らせば、本件条例は、本件条例別表(別紙)に定める程度の障害を有すると認められる者をもって、本件手当の支給対象である「心身に重度の障害を有するため、常時、複雑な介護を必要とする者」とする趣旨であるということができる。
2 この点について、原告は、別表三号要件該当性の判断に当たっての具体前な解釈・運用基準として、「常時、複雑な介護を必要とする」か否かという観点が不可欠であり、別表三号要件にいう「機能が失われ」たか否かは、障害者の心身の状況と介護の複雑性との相関関係から具体的に判断されるべきであると主張する。
たしかに、法規の解釈においては当該法令の目的を逸脱することのないよう配慮すべきことはいうまでもない。しかし、本件条例は、「心身に重度の障害を有するため、常時、複雑な介護を必要とする者」への手当の支給を目的とするものであって、支給要件のうち障害の程度については本件条例別表によって具体的に規定されており、本件条例別表に定める障害の程度にある者を「常時、複雑な介護を必要とする者」とすることが本件条例の目的に反するものではない。そして、取扱要領に従っても、「常時、複雑な介護」という概念は、それ自体抽象的であり、その判断が相対的とならざるを得ないこと、支給要件該当性の判定は本件条例別表に定める程度の重度の障害の状態にあるか否かについてされることを考慮すると、本件条例の本件手当の支給要件に係る規定の仕方は、医師によって、より客観的に把握し得る障害者の障害の程度に着目し、本件条例別表に定めた程度のものであれば「常時、複雑な介護を必要とする」ものと評価できるとの考え方に立って、受給資格(支給要件)を定めたものと解することが相当である。
「常時、複雑な介護を必要とする」か否かという観点から支給要件を緩和することは、重度心身障害者の福祉を増進することとなるが、地方公共団体において、いかなる要件の者にいかなる程度の福祉措置を講ずるかは、財政事情を含む当該地方公共団体の諸事情の下において決定されるべき政策問題というべきであり、かかる福祉の増進が望ましいとしても、「常時、複雑な介護を必要とする」か否かを別表三号要件の判断基準に取り込むことは困難というほかない。
そうだとすれば、本件条例は、本件条例別表に定める程度の障害を有するとは認められない者について、なお、「常時、複雑な介護を必要とする」として本件手当の受給資格を認めるものではないというべきである。
3 そして、本件手当の受給資格の認定に当たっての基準等が取扱要領において定められていることは前記のとおりであり、本件手当の受給資格認定要件についての右のような理解に立った場合、取扱要領の定める基準は、本件手当の受給資格認定要件の有無を判断する際の基準等として合理性を有しているものということができるのであるから、本件においては、本件決定時において、原告の障害の程度が、取扱要領の定める基準等に照らして、別表三号要件を満たしていたか否かという点のみが問題となるものというべきである。
4 なお、原告は、原告の両上肢及び両下肢の機能が失われたか否かを判定するに当たり、本件条例とは制度趣旨及び法的性格を異にする身体障害者福祉法に基づく障害等級認定における身体障害認定基準の「全廃」概念をそのまま採用することは本件条例の解釈・運用を誤るものである旨主張する。
ところで、〔証拠略〕によれば、取扱要領中に原告が指摘するような記載がなされていることは認められる。しかし、本件手当と身体障害者手帳、愛の手帳の各制度とはその制度趣旨を異にするものであること及び本件手当の支給要件と一、二級に相当する身体障害者手帳、愛の手帳の交付要件とが同一でないことは言をまたないところ、取扱要領の記載を全体としてみた場合、右記載は、本件手当の受給資格の認定に当たり、一、二級に相当する身体障害者手帳や愛の手帳を交付されているということの一事をもって、本件手当の支給要件を満たしていると判断してはならないことを明示的に注意する趣旨のものと解するのが相当であり、前記取扱要領の記載が存することから、本件手当の支給要件における「機能が失われる」ということと、一、二級の身体障害者手帳の交付要件の一部に含まれる「機能の全廃」ということが、必然的に異なった内容のものであると解釈しなければならないとの帰結が導かれるものではない。むしろ、「機能が失われる」とは、機能が制限され、又は損なわれるという以上に、機能を全面的に喪失することと解することが語義に忠実なものといえるから、その要件を判断するに当たり、「身体障害の程度」という共通する要素を有する制度における類似要件に係る基準を参考とすることは合理性を有するものというべきである。
もっとも、上下肢の機能は上下肢に含まれる関節の可動域、筋力のみならず運動調整機能によって発揮されるものであるから、上下肢の機能が喪失したか否かは個別関節の物理的可動域のみをもって判断されるべきものではなく、関節の可動域、筋力及び運動調整機能を総合的に考慮して、日常生活において必要とされる上下肢の本来の機能を果たすことが全くできない状態にあるか否かによって判断されるべきものということができる。
したがって、原告の両上肢及び両下肢の機能が失われていたか否かの判断が右の総合的考慮の下に是認し得る以上、身体障害認定基準における機能の「全廃」の状態にあったか否かという基準を参照して判断したとしても、そのことをもって、本件決定が直ちに違法となるものではないというべきである。
二 本件決定時における原告の障害の程度及び本件決定の違法性の有無について
1 本件決定が前提とした原告の身体障害の程度は、本件診断書記載のとおりであるが、〔証拠略〕によれば、本件診断書の記載のうち、「肢体不自由の状況及び所見」の一項目である「動作・活動」の記載については、本件診察に先立つ看護婦による聴取結果を踏まえて藤森医師が自ら行った、主として祥子からの聴取結果に基づいて記載されていることが認められるところ、その記載内容に虚偽、不正確な内容が含まれていることを窺わせる事情は認められず、本件診断書の記載内容に照らせば、原告は、本件診察当時、「コップで水を飲む」が「全介助又は不能」ないし「半介助」、「いすに腰掛ける」、「立つ(手すり)」、「食事をする(スプーン)」、「顔を洗いタオルでふく」の各項目がいずれも「半介助」とされており、客観的にみて、なお「両上肢及び両下肢の機能が失われ」たものとはいい得ない状態にあったということができる。
2 この点につき、原告は、本件決定当時、原告には進行性核上性麻痺による強度の無動の症状がみられており、単関節での運動は可能であっても、日常生活活動に用いる目的的な動作である相関的な動作ができない状態にあったのであるから、手足の単関節が動くか否かとは無関係に、原告の両上肢及び両下肢は、無動により、既に「機能が失われ」ていたというべきであるところ、本件診察に当たったのが、神経内科医ではなく、整形外科とリハビリテーションを専門とする藤森医師であったため、単関節が動くか否かという「全廃」概念に基づく診断しかなされておらず、原告は、本件診察当時も、また、本件手当の受給資格認定の再申請の際の鈴木医師による診察の当時も、自力で手足を一〇度以上動かすことは可能であり、機能が「全廃」したとはいえない状態であることには変わりがないのに、再申請に対しては該当通知がなされているのであるから、本件決定において非該当とする合理的な理由は存しない旨主張し、岩田医師の証人尋問における供述中にも、平成五年一一月二七日時点の原告の状態を撮影したビデオテープ(〔証拠略〕)を見て、原告に無動が認められるとする供述が存する。
しかしながら、以下のとおり、原告の右主張は採用することができず、右岩田医師の供述内容も、前記判断を左右するものではない。
(一) 〔証拠略〕によれば、無動の症状は、進行性核上性麻痺だけではなく、パーキンソン病においても生ずるものであることが認められるところ、前記のとおり、丸山診断書<1>が作成された平成四年六月三日以前から原告の主治医として原告の診察に当たり、原告の病名をパーキンソン病と診断し、丸出診断書<1>ないし<3>を作成した、神経内科医である丸山医師が、平成五年八月一九日付けで作成した丸出診断書<3>において、原告の日常生活動作の障害程度につき、「つまむ」、「にぎる」、「食事をする(右)」、「かぶりシャツを着て脱ぐ」、「すわる」、「歩く(屋外、戸外)」、「立ち上がる」、「階段をのぼる」、「階段をおりる」についてはいずれも「一人でできてもうまくできない」に該当するとしていることに照らせば、当時原告を直接、継続的に診察していた丸山医師において、丸山診断書<3>作成時点において、原告には、無動が生じていたとしても「両上肢及び両下肢の機能が失われ」たと評価できる程度には至っていなかったと判断していたものと推認できる。
(二) 〔証拠略〕によれば、本件決定後である平成六年二月当時において、原告は、不十分ではあるが、洗面の際に自分の両手の平に水をすくって顔にもっていったり、ズボンをはく際に介助者の合図に応じて足を上げたり、新聞を読む際にやぶくような動作になることもあったものの一応新聞紙をめくったり、プラスチックの鞘を用いながらも鉛筆を握って字を書いたりするといった動作が可能であったことが認められ、右事実に照らせば、本件決定時において、「両上肢及び両下肢の機能が失われ」たと評価できる程度の無動が存在していたものとは認められない。
(三) 前記のように、本件決定後の平成七年五月発行の岩田診断書及び再申請の資料とされた同年六月七日作成の鈴木診断書は、動作・活動に関するすべての項目において「全介助又は不能」としている点において一致しているから、仮に、右各診断書作成時点において、原告主張のように原告が自力で手足を一〇度以上動かすことができたとすれば、関節の可動域のみが両上肢、両下肢の機能が失われたことの判断要素となったものではないということができる。そして、〔証拠略〕によれば、本件診断書作成に当たっての「機能が失われ」たか否かの判定は、単に、関節の可動域だけでなく、総合的判断によりなされたものであることが認められ、また、本件診断書の内容をみても、やはり神経内科医である丸山医師が、約九か月前に作成した丸山診断書<2>や約四か月前に作成した丸山診断書<3>の内容との間に、「両上肢及び両下肢の機能」に関する評価において、矛盾すると認められるような点は存しないのであるから、原告の主張する右の点をもって、再申請において別表三号要件に該当するとしているのに、本件決定時において別表三号要件に該当していないとすることに合理的理由がないということはできず、また、藤森医師が神経内科を専門とする医師ではないことをもって、本件診断書における原告の「両上肢及び両下肢の機能」に係る評価の信頼性が否定されるべきものでもないというべきである。
3 また、原告は、進行性核上性麻痺という難病に罹患した原告が現在あるのは、介護者である妻祥子による常時複雑な介護のおかげであり、この点から原告が本件手当の受給資格を有することは明らかであると主張する。たしかに、〔証拠略〕によれば、祥子の原告に対する介護は、原告の機能の維持、回復に向けられた、細やかな配慮に基づく高度なものであり、原告にとって唯一の治療ともいうべきものであって、そのような介護を行ってきた祥子の肉体的、精神的負担は相当なものがあったと認められる。そして、そのような介護を行ってきたが故に、進行性核上性麻痺という難病に罹患しながらも、発病の六年後である本件診察当時において、本件診断書に記載されたような機能を維持できていたという面を否定することはできない。しかしながら、本件条例は、本件手当を、当該障害者がそれまで受けてきた介護の質、内容、程度のいかんにかかわらず、受給資格認定申請当時の当該障害者の障害の程度という、より客観的に判定可能な要件により、支給すべきか否かを決するとの方式を採用していることは前記のとおりであり、仮に、それまでの介護の質、内容、程度を本件手当の支給要件とした場合には、介護の質、内容、程度自体についての客観的評価の基準を設定すること自体が困難であるばかりでなく、介護の質、内容、程度という要素を検討するに当たっては、当該障害者、介護者の置かれた状況との関係における相対的な評価が不可欠となり、その要件該当性についての客観的判定が極めて困難となってしまうことは言をまたないところであるから、原告の指摘する祥子による介護の状況を踏まえたとしても、原告につき、本件条例別表記載の要件に該当するか否かという点のみによって本件手当の支給要件該当性を検討し、別表三号要件を満たさないとした本件決定に違法があるということはできない。
三 以上によれば、平成五年一二月当時の原告の障害の程度が別表三号要件に該当しないとしてなされた本件決定には違法は認められないというべきである。
第四 結論
以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 團藤丈士 水谷里枝子)